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トン・コープマンがハーモニーホール福井に! しかも全曲バッハ。
 オランダのチェンバロ・オルガン奏者、トン・コープマン。
 実は管理人、昔からこの人のファンなのである。

 この人の演奏は、かなり個性的。簡単にいうと、楽譜に書いてないトリル等の装飾音が曲の随所に異常に増える。無味乾燥になりがちなバッハの鍵盤作品が、この人の手にかかると賑々しい演奏になるのだ。トリルのバリエーションも多彩。凄いと思う演奏家は多々いるけれど、あえて「ファン」とまで呼べるクラシック演奏家はこの人だけ。何というのか、演奏にそういう類の魅力がある人。

 11月13日(土)に、そのトン・コープマンが福井に来るんですって!
 曲目は全曲バッハ!
 しかも、オルガンでは「トッカータとフーガ ニ短調」に「パッサカリアとフーガ」、チェンバロでは「半音階的幻想曲とフーガ」。のどから手が出るような有名曲の組み合わせ。この組み合わせがコープマンで聴けると考えただけで嬉しくて仕方がない。

 公演のチラシの写真からすると、使用するチェンバロは、コープマンがいつも使うクレースベルヘン作のものじゃなくて、ホール所蔵のフォン・ナーゲルみたい。まあそれはそれで面白いかもしれない。※当日行ってみたら、やっぱりクレースベルヘンで演奏してた。(2010.11.14追記)。普段は見えないオルガン演奏時の手元やペダルを弾く足元をモニターに写してくれる模様。それもちょっと面白そう。

 ハーモニーホール関連ではでは久々にわくわくするニュースだ。もちろん、もうチケット買いましたよ。
マーラー:交響曲第7番「夜の歌」(ケーゲル/東京都交響楽団)
 ここしばらく、鶴我裕子「バイオリニストは目が赤い(新潮文庫)」を少しずつ読んでいる。肩の力を抜いた、センスのある演奏日記というか音楽小話というか。「クラシック聴きたいな」って想いがまたふつふつと湧いてきた。読んでて本当楽しい。

・マーラー:交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」
 ヘルベルト・ケーゲル指揮/東京都交響楽団
 (東武レコーディングス TBRCD0003-2)
 さて、実は管理人、マーラーの交響曲の中では第7番「夜の歌」が一番の好み。少数派になるのかもしれないが、何が飛び出すか分からない「夜」の空気をふんだんにまとったこの曲、好きで好きで仕方がないのだ。

 支離滅裂な表現がまとまりなく散らばっている感じの曲なので、CDをきちんと選ばないとこれといった印象もなく終わりかねない曲だけど、スケールの大きさ・解釈とも圧倒的なクレンペラー盤(EMI)、派茶目茶な高速テンポのシェルヘン/トロント響盤(Music&Arts)、一見軽い表現に見えて、要所要所、おとぎ話のような表現で「夜」のあの生温かい狂気をうまくまとめたラトル/バーミンガム市響盤(EMI)など、ハマると一生もの、生涯座右のCDになってしまうかも。この曲にはそういうヘンな魅力がある。

 今度出たケーゲルのCDは、ひさびさに「これは」という感じの演奏。冒頭からリズムの刻みがいやにカッチリしていて明晰、いかにもケーゲルといった、他のマーラー指揮者にはみられない独特の演奏。こういうきっちりした演奏を普通の指揮者がすると、曲の雰囲気がミョーに明るくアッケラカンとして興醒めになるような印象があるんだけど、そこはやはりあのケーゲル。理知が勝ったようなこんなにきっちりした演奏なのに、なぜか暗さ・空虚さをちゃんとまとった演奏になっている。

 通常の演奏だと、終楽章(第5楽章)が偽善の塊のようなハリウッド的表現の連発に聞こえるこの交響曲。その終楽章がケーゲルの手にかかるとピシッと締まったえらく立派な楽章に変身しているのは特筆すべきところ。このため、全曲通して楽章間のバランスがきっちり整ったと感じる。こういう曲の解釈も非常にアリなのではないかと思わせるCD。手放せない一枚がまた増えたなーって感じ。
大久保 奏 ピアノリサイタル (2009.4.24 ハーモニーホールふくい)
 このリサイタル、たまたまチラシを見かけて、リサイタルの前からちょっと興味を持っていた。

 何しろ、曲目がベルクの「ピアノソナタop.1」に、プロコフィエフの「ピアノ・ソナタ第7番」。ご存知の方は分かると思うが、聴く人によっては過激ともとられかねない尖鋭な表現をたっぷり含む、20世紀の有名ピアノ作品である。(管理人自身はベルクのピアノソナタが非常に好みだったりするけれども)。

 そのうえ、チラシ全体の雰囲気等々から判断するに、演奏者の大久保奏(かなで)さんという女性はどうもニューフェイスといった気配が濃厚なのである。他の演目にはメンデルスゾーンの名が。渋い。こういう新人の方のリサイタルというと、一般受けするようモーツァルトやショパンの曲で埋め尽くす場合がほとんどだと思うんだが。”知性派”といった雰囲気が濃厚なプログラミングである。

・ほー、福井でこんな攻めのプログラムが聴けるとは。
・しかも新人さんが。

この2点で、聴きに行く動機はもう十分だ。

…そして実際のリサイタルも、期待に違わず聴き応えのあるいいリサイタルだった。

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ジョスカン・デ・プレ:「ミサ・パンジェ・リングヮ」「ミサ・ロム・アルメ」
・「TheTallis Scholars Sing Josquin」
 ジョスカン・デ・プレ(1440頃-1521):「ミサ・パンジェ・リングヮ」、「ミサ・ロム・アルメ(2曲)」、モテトゥス「自然の摂理に逆らって」、「アヴェ・マリア」
 (合唱)ピーター・フィリップス指揮、タリス・スコラーズ
 [Gimell CDGIM206 (2枚組)]
 今年最初に耳を通したCDは、ルネサンスの作曲家、ジョスカン・デ・プレの代表作のミサ曲。今年は何となく気を引き締めていきたいと、宗教曲で始めてみた。時代の空気がそうさせるのか。

 複雑に声部が絡んだ曲の割に、他のルネサンスの作曲家と違って全体的に受けるイメージは何となく清貧を連想させるような引き締まった厳粛な感じで、背筋が伸びるような思い。個人的にジョスカンの曲から受けるイメージは総じてそんな感じ。

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ピリオド楽器によるブラームス:ピアノソナタ第2番 他/MD+G
・ブラームス:ピアノ・ソナタ第2番 op.2、シューマンの主題による変奏曲 op.9、4つのバラード op.10(Early Piano Works Vol.1)
ハーディ・リットナー(p、1851年製J.B.シュトライヒャー)
[MD+G MDG604 1494-2]
 やはり、ブラームスのピアノ曲はピリオド楽器に非常に向いている。ピリオド楽器で聴くと、魅力が大いに増幅するように感じる。同時代のピアノで聞くブラームスは柔らかい、ふくよかな響きに満ちていて、一般的なブラームスのイメージとは異なり、青春のはかないロマンのような華を遠慮なく感じさせる。華はあっても必要以上に盛り上がらず一歩引いた、大人びた感じなのがブラームスらしいけれど。聞いていてほんのりロマンチック、文字通り、真っ向から叙情的なのである。

 シュトライヒャーのピアノはああウィーンっぽいなぁとヨーロッパに行ったことがない管理人にも感じさせる位、甘くて柔らかい音色。その一方、意外と響きが行儀よく収まるというか、ほんのり粒ぞろいな、ソリッドな音色の楽器だという印象もあるところがこのブラームスの演奏にはぴったりな感じ。

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この時期に「初音ミク」ネタに引っかかるとは思わなんだ(笑)
 やられた。初音ミクでクラシック系のネタ。しかもバッハ…。終結部の歌詞とのシンクロ具合が何ともいえない。
 バッハがメロディーメーカーということも改めて認識できる…かな…



※原曲はバッハ「無伴奏ヴァイオリン・バルティータ 第3番」のガヴォット…だな…


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