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マーラー:交響曲第7番「夜の歌」(ケーゲル/東京都交響楽団)
 ここしばらく、鶴我裕子「バイオリニストは目が赤い(新潮文庫)」を少しずつ読んでいる。肩の力を抜いた、センスのある演奏日記というか音楽小話というか。「クラシック聴きたいな」って想いがまたふつふつと湧いてきた。読んでて本当楽しい。

・マーラー:交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」
 ヘルベルト・ケーゲル指揮/東京都交響楽団
 (東武レコーディングス TBRCD0003-2)
 さて、実は管理人、マーラーの交響曲の中では第7番「夜の歌」が一番の好み。少数派になるのかもしれないが、何が飛び出すか分からない「夜」の空気をふんだんにまとったこの曲、好きで好きで仕方がないのだ。

 支離滅裂な表現がまとまりなく散らばっている感じの曲なので、CDをきちんと選ばないとこれといった印象もなく終わりかねない曲だけど、スケールの大きさ・解釈とも圧倒的なクレンペラー盤(EMI)、派茶目茶な高速テンポのシェルヘン/トロント響盤(Music&Arts)、一見軽い表現に見えて、要所要所、おとぎ話のような表現で「夜」のあの生温かい狂気をうまくまとめたラトル/バーミンガム市響盤(EMI)など、ハマると一生もの、生涯座右のCDになってしまうかも。この曲にはそういうヘンな魅力がある。

 今度出たケーゲルのCDは、ひさびさに「これは」という感じの演奏。冒頭からリズムの刻みがいやにカッチリしていて明晰、いかにもケーゲルといった、他のマーラー指揮者にはみられない独特の演奏。こういうきっちりした演奏を普通の指揮者がすると、曲の雰囲気がミョーに明るくアッケラカンとして興醒めになるような印象があるんだけど、そこはやはりあのケーゲル。理知が勝ったようなこんなにきっちりした演奏なのに、なぜか暗さ・空虚さをちゃんとまとった演奏になっている。

 通常の演奏だと、終楽章(第5楽章)が偽善の塊のようなハリウッド的表現の連発に聞こえるこの交響曲。その終楽章がケーゲルの手にかかるとピシッと締まったえらく立派な楽章に変身しているのは特筆すべきところ。このため、全曲通して楽章間のバランスがきっちり整ったと感じる。こういう曲の解釈も非常にアリなのではないかと思わせるCD。手放せない一枚がまた増えたなーって感じ。
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コメント

私もケーゲルは、気になる指揮者で、CDを見つけると求めるように
していたのですが、次第に追いつかなくなりました(笑)。
ぜひ7番聞いてみたいですね。
マーラー1番の奇妙な演奏には、麻薬のような魅力があって(って、
麻薬知らないんですけど)、手放せませんね。
最近は、彼のベートーベン全集を聞き直しています。

>多聞 様
 私もケーゲルからはしばらく離れてたんです。同じく、CDの多さについていけなくて(笑)
 ケーゲル、ベートーヴェンもいいですよね。何だかんだいって、いつまでもうちのCD棚に残ってます。

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