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安土城跡(滋賀県安土町) -つわもの共の夢のあと、ですな。
安土城(信長の館) 独特のセンスにいろどられた織田信長の城、安土城には前々から凄く興味があった。城の中層にある八角形の階層のアンバランスなものが絶妙に配置された感じ。配色センスも一応何かの資料によっているようだが、他のお城から考えられない独特さにすごく魅かれるものがある。

 ご存知のとおり、信長の城ということもあってか山崎の合戦で明智軍が敗走する際に焼失していて今は石垣だけ残る「城跡」。なかなか行く機会が作れなかったが、去年の秋、心を決めて行ってみることにした。

 現代のいわゆる「日本のお城」のイメージ、高くて象徴的な天守閣というのは意外に歴史が新しくて戦国時代も終わりも終わりで、一般的に今日見られる本格的天守(五重以上のもの)の最初のものとされているのは織田信長が天正7年(1579年)に建造した安土城(滋賀県安土町)の天主であるといわれる。[wikipedia「天守」より引用]
 現存する日本最古の天守閣、福井県坂井市の「丸岡城」(築城1576年、ただしこちらは二層三重と高さはちょっと低い)と同様、最上階の望楼に回縁高欄が付いている。これがついているのは見た目にも格好よい。好みの形だ。
 
 現在安土城は焼失してしまったが、安土城跡のある滋賀県安土町の「信長の館」という施設で、天主の5階と6階、最も特徴的な最上部の原寸大の復元を見ることができる。写真はその原寸大復元のもの。最上階が全て金の塗装になっているが、現実に城跡から金箔を貼った瓦が出土しているようで。現実に建っている姿はどんなだっただろうねえ。内装とか復元内容には色々意見があるのだろうけれど、原寸大で見ると床スペース自体は決して広くなく、解説で読んだような気もするが確かに日常的な生活スペースではなさそうな印象。


安土城の登り口 こちらは同じ安土町の安土山、実際の安土城址の登り口の写真。お城は焼失しているものの、石段はきちんと残っている。結構本格的な山で、石段も一段一段が高くかなりきつい。これを毎日上り下りして勤務していた昔のお侍さんは大変だわ。豊臣秀吉などの住まいが山の中腹にあったのも納得。
 石の階段のところどころに石の仏さん(石仏)が混じっており、間違って踏まないように今ではきちんと目印がついている。これ見よがしに石仏を階段に使ったのではないかという気もしないではない。信長らしいというか何と言うか。

安土城跡(天主跡) お城の最上部、天主の跡。今は基礎の石のみ残っている。案外、思ったより面積は広くないような感じがする。これで下層の何階かが吹き抜けになっていたとのことだが、使える部屋は全部で何部屋くらいなんだろうか。
 ともかく、夢の跡をじっくり拝見。しばしある種の感慨にひたらせていただいた。
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